二十歳のとき一人旅をした話 Part2|田舎移住DIY夫婦のブログ
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二十歳のとき一人旅をした話 Part2

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この記事を書いているのはgoです

Part1はこちら

香港国際空港にて

香港にはあっという間に到着した。
それもそのはずで香港は台湾のお隣だ。

唯一の持ち物であるショルダーバッグを持って
僕は飛行機をあとにした。

空港はというと、
なるほど、アジアを代表するハブ空港というだけあって
めちゃくちゃ広い。

おっ!
先ほど飛行機の中で話した白人女性が笑顔で手を降っている。
僕も笑顔で手を振り返す。
この先、一生会うこともない人との
まさに一期一会の出会いだった。

香港に8時間ほど滞在することになる。
人生初のトランジット。
正直、ヨーロッパの街並みばかりを妄想していたこともあって、
香港でどう過ごすかなんて1ミリも考えていなかった。

機内食があまり美味しくなかったのもあって
贅沢にもご飯を残してしまったこともあり、
お腹が空いている。

飯でも食おう。
安い中華料理でも食ってテンション上げてこーぜ!
8時間もあれば街に行って帰ってくることぐらいできるだろう。

エスカレータで空港の3階に向かい、
東側に広がる街を眺める。
あの辺に行けばなんか楽しめることもあるだろうと、
空港内で1万円を香港ドルに両替した。

それにしても腹が減ったぞ・・・
適当にサンドウィッチでも買って
食べた後に街へ向かおう。
売店でオレンジジュースとサンドウィッチを買う。
「おぉ、旨いじゃん!」
そして、そのままの流れで空港内のラーメン屋に入る。
なぜか我ら熊本人が誇る味千ラーメンがあるではないか。
「しゃいませー」
片言の日本語に迎えられ店内へ。
メニューを開くと日本の店とは全く異なるラーメンたちが。
僕は黒ごまのラーメンを食べたが、
うーん、これはいまいちか。
異国で初めて食べる日本食は少し失敗だったかな。

ふぅー、とりあえず腹はある程度満たされた。
街へ向かうか?どうする?
まぁ、ベンチでちょっと休憩するか。
誰も使ってないし、
寝そべっても誰も文句は言わんだろ。

ベンチ近くのテーブルでは
男性がパソコンを操作している。
何かを熱心に調べているようだ。

僕はと言うとガラケーを1つ持っているだけ。
海外で使うと値段が跳ね上がるから、
今回の旅で使うつもりはない。
パソコンは家に置いてきた。
2009年当時、僕はWi-fiというものを知らなかった。
家では有線でインターネットに接続していた。

つまり、この旅の中で入ってくる情報は
「地球の歩き方」に限られる。
それか、人に聞くかだ。
そして地球の歩き方はフランスとドイツのものしか買っていない。
正直に言おう、僕はビビっていた。
街に出て中華料理を食べようなんて本当は思っていなかった。
空港から一歩外に出ると、
右も左もわからないのだ。
行くのはいいが、帰ってこれる保証がない。
今から憧れのヨーロッパに行くって言うのに
ここで旅を終えるのは御免だ。

香港国際空港の2階のベンチで
しばらく人間観察をしていたがそれもすぐに飽きてしまった。
初めての異国で初めての孤独を感じた。
ベンチで横になりながら
香港ドルのお札を手に取ってみる。
初めて使った海外通貨はおもちゃのように感じた。

匂いを嗅ぐと、
日本の紙幣とは違った匂いがした、
ような気がする。

ヨーロッパへ

パリ行きの飛行機に搭乗すると、
隣はフランス人っぽいマダムだった。
「Hi」
適当に軽く挨拶をしておく。
ボンジュールとメルシーくらいしか言えないから
会話することは諦めていた。

飛行時間はそれなりに長いが、
僕は既に1人の時間に飽きていた。
空港でもひとりぼっちで暇を持て余していたから
本当は誰かと話したいし、
ビールでも飲みたいのだ。

それなのに孤独感に加えて
慣れないフライトで耳の中が痛くて仕方ない。
気圧の変化によるものだから、
耳抜きをすれば解消されるはずだが、
当時の僕はそんなことも知らずただただ耐えていた。

しんどうそうな東洋人の青年を見て
何かを感じ取ったのか、
フランス人マダムが飴をくれた。
メルシーと礼を言って飴をなめる。
クソまずい。
ごめんなさいマダム様。
早々に噛み砕いて飲み込んだ。

しばらく経つと陽気なヨーロピアンが機内で
ワインを飲み始めた。
CAさんが配るのが間に合わず、
勝手に自分たちで注ぎ始める始末。

僕だって酒の力でも借りて
ハイになりたい。
でも耳が痛くて何もする気になれない。
どんちゃん騒ぎするヨーロピアンを他所に
気づけば深い眠りに入っていた。

着陸の衝撃で目を覚まし、
寝ぼけながらもヨーロッパに着いたことは
なんとなく頭の中でわかっていた。

宿までの道のり

最初の2泊分だけ日本で宿を予約してきた。
韓国人の方が経営している
日本人観光客向けの宿のようだ。
一泊¥2,000ほどで格安だったのが決め手だ。

朝の5時だが空港から街へ向かう電車はもう動いているようだ。
空港で最低限のお金だけ両替を済ませて
地球の歩き方を頼りに街の方へと向かった。
空港から出たところで
見るからにホームレスだろ、って言う人がいて怖かった。

電車と地下鉄を乗り継いで
宿の最寄りの駅に到着した。
どうやら宿の場所は非常にわかりにくいらしく、
“地下鉄の駅に着いたら電話してください”
とホームページにかかれていた。
電話番号をメモった紙を出して公衆電話へと向かう。
コインを入れる・・・場所がねぇ・・・

どうやら日本で言うテレホンカード的なものが必要らしい。

どこに売っているか全くわからないから、
すぐそばのタバコ屋に入った。
フランスの若者の喫煙率は高いのか
タバコを買う人の列が出来ていた。

僕の順番が来て、
身振り手振りでテレフォンのカード的なやつがほしいと伝えると、
なぜかそのタバコ屋にお目当てのカードが売ってあった。

無事に手に入れたカードを挿入して電話しようとすると、
聴き慣れない中国語の音声ガイダンスが流れる。
中国人だと思って中国語のカード売りやがったな。
全く電話のかけ方がわからない。

タバコ屋に戻って店主に身振り手振りで状況を説明すると、
店主が面倒くさそうに列の後ろに並ぶ青年に
「一緒に行ってやって教えてやれ」的なことを言い、
渋々ついてきてくれる。
が、結局よくわからないまま
青年はタバコをくわえてどこかへ行ってしまった。

結局、数十分格闘し、
なんとか電話をかけることができた。
目の前に見えるマクドナルド前で待っておけとのこと。

10分もしないうちに東洋人の女性が現れた。
名前を李さんというらしく日本語がペラペラだ。
「早かったね、まだ早朝よ?」

マクドナルドの前にある喫茶店のテラス席で
李さんと僕はエスプレッソを飲んだ。
その時の僕は、それがエスプレッソだということを知らない。
量少なくない?
なんだか濃くない?
疑問を持ちながらもエスプレッソを御馳走いただいた。

李さんに案内されながら宿に着いた。
駅から徒歩5分ほどで着いた。
「この宿では静かにしてほしいの
くれぐれも騒がないでね」
僕は、はい、と素直に頷いた。
「ここの人たちからすれば私は移民だからね。
色々と大変なの」と続けた。

今思えば、違法に経営している宿だったんだろうと思う。
目をつけられると厄介だったのだろう。

宿では白飯が食べ放題だった。
50セントで生卵が食べられる。
他の食べ物は各自買ってくるか自炊するという
共同生活スタイルだった。
ドミトリー形式の宿には色んな変わった人たちが泊まっていた。
ここで出会った人たちについては次のパートで触れることにする。

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やっとパリにつきました。
続きはまた書きますね。

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田舎移住DIY夫婦
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