なぜ僕らはカリフォルニアに憧れるのか|田舎移住DIY夫婦のブログ
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なぜ僕らはカリフォルニアに憧れるのか

この記事を書いているのはgoです。

馴染みがあるカリフォルニアカルチャー

幼少期

僕は物心ついた時からハリウッド映画を観て、なんとなくそれが外国の映画だということはわかりながら、若干4歳にして強い憧れを抱いた。ご存知の映画Back to the Futureを観てのことだ。
主人公のマーティーが現在、過去、未来でその時代によって形は違えどスケボーに乗って街を駆け巡り、スポーティーなデロリアンに乗ってタイムスリップするのだ。 映画を観ながら両親にスケボーを買って欲しいと懇願した。 両親は言った。「自転車にも乗れないのにスケボーに乗れるわけがない」「もう少し大きくなったらね」 子どもながらに人生で初めて”論破された”感覚を味わうことになる。おっしゃるとおりなのだから。


でも僕は諦めなかった。じいちゃんに言ってすぐに自転車の補助輪を外してもらい、翌週には補助輪なしの自転車を乗りこなすようになっていた。膝は絆創膏だらけだが顔は笑顔だったと思う。
自分の過去のことではあるのだが、子どもというのは素直だ。 やると決めたらやるし、バイタリティがすごい。そして突き動かされるくらいのパッションを映画から受けたのだ。スケボーを買ってもらうに至るわけだが、それが原因で膝の傷が増えたのは言うまでもない。

これを見てピンとくる方もいらっしゃるかもしれませんね。

中学・高校期

中学・高校生の頃はパンクロックに憧れ、特にRancidの曲をお年玉で買ったSONYのウォークマンで聴きながら登校していた。 なぜRancidにハマったのか今でもよくわからないけど、”パンクスを体現している人たちだったから”だと記憶している。PVでタトゥーまみれの裸を曝け出し、ありえないくらい下に構えたギターを弾く姿をみて「パンクだな」と友だちと語った。パンクが何かわからないけど、とにかく青い春を過ごしていた僕たちにとって、あれはパンクだった。掃除の時間にホウキをギターに見立てて演奏した。エアギターなんて言葉はまだなかった気がする。そう考えるとパイオニアだ。

大学・社会人期

大学時代、アメカジファッションで身を纏い、YAMAHAのドラッグスターというバイクに乗って通学していた。 背伸びしてバーでビールやウィスキーを飲みながら、将来は広い家に住んで、ガレージでハーレーをいじって、サーフィンをして(当時やったこともなかたけど)、大きな犬を飼って綺麗な奥さんと子どもに囲まれるんだ。そのためにいい会社に入ろうと思っていた。
なぜか昔からカリフォルニア発の文化やモノに憧れを持っていた。 煌びやかに見えて、魅力的で、イケていた。 初めてロサンゼルスを観光したときにも「地球の中心はここなんだな」と思った。 僕にとってカリフォルニアとは地名というより、ブランドでありカルチャーである。

なぜカリフォルニアに惹かれるのか

日常が無条件にかっこいい

太陽がこれでもかと注ぐビーチと陽気な人々。 街中は活気があって薄着な人が多い。 Tシャツにジーンズにコンバースでも十分に決まってる。 これなのだ。パズルのピースがあてはまるように、正解っていう感じ。 無条件にかっこいいのだ。

京都の街を着物で歩いてみたらどうだろう。 景色に溶け込む。 脳内にとびっきりの美男美女のカップルが歩いている姿を浮かべる。 絵になる。 けど、無理してるな。 特別な日に着物デートをしてみるのもいいけど。 毎日するもんではない。 京都のお寺×着物は正解だけど日常ではないのだ。

日本にも”カリフォルニア”を創りたい

日本にカリフォルニアを創りたい いつからかそう思うようになった。 カリフォルニアを創るとはどういうことか。 言語化が難しいのだが、 “あぁ、あれいいよね”という共通認識を持たれるようなブランドを創りたい。 じゃあ具体的に何を創るの? それなのだ。
カリフォルニアを創りたいからと言って 例えば真似たようなファッションアイテムをつくるのは違う。 別にカリフォルニアっぽいものをつくりたいわけではないのだ。 そこにはオリジナルが必要だ。
あくまで僕は日本人だ。 デニムジャケットよりちゃんちゃんこの方が本当は似合うはずだ。 アイデンティティはあるのに、その根底にある日本人の文化がいまいちピンときていない。 日本人はこうだよね、みたいなもの、あるかな・・・。 よし、思い起こしてみよう。 どういうときに日本人でよかった、と思うか。 最後の晩餐は白米と漬物と味噌汁とサバの塩焼きと決めている。 そうそう、そういうの。 桜やかき氷や風鈴や紅葉や焼き芋やこたつやみかんで季節を感じる。 それそれ。いいよねー。あと夏は縁側でカルピス飲みたい。
そう。”いいよね”という瞬間はあるのだ。 この一瞬のなんとも言えない感覚がほしい。 それを上手くモノに落とし込めないかな・・・

現代の日本人の生活に日本っぽさを追い求めたモノを持ってきても 生活スタイルと合わずに不便だったり、非日常感が出てしまう。 自分たちの文化なのに自分たちの生活に合わないのだ。 他の国だって未だに民族衣装を着ているというところは少ないし、 つまり身の回りのモノは文化の中での正解ではなく生活していく上での最適解に近づいているのだ。 下駄よりもスニーカーが便利だし、 畳よりもフローリングの方が生活しやすい。
カジュアルで、便利で使いやすくてイケてて、”そうそう、これこれ”というものを創りたい。 “伝統工芸”というお堅い表現ではなく、 Neo Japanese Style”でも”Hybrid productions”でもなんでもいいけど、 身近なモノに自分たちのアイデンティティを感じられたらいいよね。 割れないガラス切子で飲む日本酒や、 団子にお茶が飲める洒落たカフェとか。 これは今適当に考えたけど。

ネットにお洒落な道の駅をつくる

“ネットに道の駅をつくる”ある時、気まぐれに言った言葉が意外としっくりきた。
たまに道の駅なんかに行くと、その土地の風土や名産品が凝縮されている。
色々見て回って、「お土産にでも買っとくか」と財布の紐が緩む。
新しいモノを創るのもいいが、僕らが持っているアイデンティティの中に”ホッとする良いモノ”のアイデアは眠っていると思う。 お土産なんかはまさにそうで、昔から受け継がれるその土地のモノに、ついつい買ってしまうものだ。
大事なのは見せ方だ。
なんせ物産館や道の駅ていうのは、その響きや雰囲気が”ダサい”のだ。
それでは”カリフォルニア”は創れない。
お客さんが深い感銘を受けたり憧れを持つ人が出てくれたら新しいカルチャーになる。
かつて、いや今もなおカリフォルニアに対して僕が思うような圧倒的な憧れを自分の手で創りだしていきたい。 そう思う今日この頃です。
ネットにお洒落な道の駅をつくる。そのためにまずは僕らが日本の文化をよく知るために旅をしたいと思います。
Cool Japan!!

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田舎移住DIY夫婦
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